親との関係で残った心の傷。自分を責める気持ちの奥にあった「恥」と「安心感」【不動巡り#最終話】

巡礼の旅5回シリーズの今日は最終回です。

目次

誰かの言葉に、思いがけないほど
傷ついてしまうことがあります。

その場では腹が立ったり、悲しくなったりする。でも、時間がたっても気持ちが収まらず、何度もその出来事を思い出してしまう。

「どうして私は、こんなに傷ついているんだろう?」

そんなふうに、自分でも理由が分からず、苦しくなることはないでしょうか。

私自身、東海三十六不動尊の巡礼中に起きた出来事をきっかけに、自分の心の奥にあった感情と向き合うことになりました。

そこで気づいたのは、目の前の出来事への怒りや悲しみだけではなく、幼いころから抱えていた、自分自身を否定するような痛みでした。

今回は、その体験を通して気づいた「恥」という感情と、心の痛みを見つめるために必要だった安心感についてお話ししたいと思います。

理不尽な出来事が、
過去の心の傷に触れた

東海三十六不動尊巡礼では、車で36か所のお寺を巡りました。

その道中、あるお寺で、住職から理不尽だと感じる強い言動を受けました。

その出来事は、私の心を大きく揺さぶりました。

もちろん、その場で起きたこと自体がつらかったのです。

けれども、時間がたっても心の痛みが続く中で、私は、今回の出来事だけでは説明できない何かが、自分の中にあるように感じ始めました。

思い返してみると、私には、父との関係の中で長く抱えてきた心の痛みがありました。

幼いころから、父に否定的な言葉を向けられることがありました。その経験の中で、私はいつしか、自分には価値がないと思うようになっていたのかもしれません。

今回の出来事が、父との関係で残っていた痛みに触れたのではないか。

そんな思いが、少しずつ浮かび上がってきました。

自分を責める気持ちの奥にあった「恥」

私たちは、傷ついたとき、怒りや悲しみを感じることがあります。

けれども、心の痛みは、それだけとは限りません。

私の場合、今回の体験を振り返る中で気づいたのは、「恥」という感情でした。

ここでいう恥は、失敗して恥ずかしいと感じることとは少し違います。

自分そのものがダメだと思ったり、自分の存在を受け入れてもらえないと感じたりするような、深い痛みです。

私の中には、こんな思いがあったのかもしれません。

「私はダメな子なんだ」

「私には価値がない」

「こんな自分を誰にも見られたくない」

父との関係の中で、私は悲しみや怒りだけでなく、自分自身を否定するような気持ちも抱えるようになっていたのだと思います。

そして、そうした感情は、自分でも気づかないうちに、行動や人との関わり方を制限してしまうことがあります。

本当は分かってほしいのに、気持ちを表現できない。

傷ついているのに、傷ついた自分を責めてしまう。

誰かに受け入れてほしいのに、自分を見せることが怖い。

こうした心の動きの背景に、過去の経験から生まれた、自分を否定する感覚が隠れていることもあるのかもしれません。

私自身、今回の巡礼を通して、心の奥にそんな痛みがあったことに気づきました。

心の痛みを見つめるために
必要だった「安心感」

では、私はどうして、自分でも気づいていなかった感情に触れることができたのでしょうか。

大きな支えになったのは、誰かの優しさでした。

私が苦しんでいたとき、そっと助けてくれた人がいました。自分の気持ちを受け止めてもらえたことは、私にとって大きな救いでした。

そして、もう一つ大切だったのは、自分自身の気持ちを分かってあげることでした。

「私は、こんなに傷ついていたんだね」

「そう感じていたんだね」

そんなふうに、自分の内側にある気持ちを否定せず、少しずつ受け止めていきました。

すると、心に変化が起きました。

胸がホッとする。

肩の力が抜ける。

呼吸が、それまでよりも深くできる。

頭で考えて理解するだけではなく、身体でも安心を感じられるようになったのです。

その安心感の中で、私は、これまで触れることのできなかった心の痛みを、少しずつ見つめられるようになりました。

誰かに気持ちを受け止めてもらうこと。そして、自分自身も自分の気持ちを分かってあげること。

この両方が、私にとって大切な安心につながっていたのだと思います。

安心感は、心の奥にある痛みを見つめるための土台になった。

今回の体験を通して、私はそう感じました。

頭で理解するだけでは、
届かない気持ちもある

自分の経験を振り返ってみると、過去に何があったのかを頭で理解することと、そのときの自分の気持ちに触れることは、同じではないのだと感じます。

「もう過去のことだから」

「気にしなければいい」

「相手にも事情があったのかもしれない」

頭では、そんなふうに考えられることもあります。

それでも、心が苦しいままだったり、似たような場面で強く反応してしまったりすることがあります。

そんなときは、考え方を変えようとするだけでなく、自分が実際に何を感じているのかに、目を向けてみることも大切なのかもしれません。

悲しかったのか。

怖かったのか。

分かってほしかったのか。

それとも、自分には価値がないと思うほど、深く傷ついていたのか。

すぐに答えを出す必要はありません。

無理に前向きになろうとしたり、相手を許そうとしたりする必要もありません。

まずは、自分の中にある気持ちに気づき、その気持ちがあることを認めてあげる。

私にとっては、そのための安心感がとても大切でした。

もちろん、誰もが同じように感じたり、同じ過程をたどったりするわけではありません。

これは、あくまでも私自身の体験を通して気づいたことです。

自分を分かってあげることから
始まる、心との関わり

ハコミセラピーでは、言葉で考えを整理することだけでなく、今、身体にどんな感覚があるのか、どんな感情が生まれているのかにも丁寧に目を向けていきます。

自分では当たり前だと思っていた反応や、うまく言葉にできなかった感情に、ゆっくり気づいていくことがあります。

私自身、今回の巡礼で起きた出来事をきっかけに、自分が本当に欲しかったものは「心からの安心感」だったのだと気づきました。

そして、その奥に、自分自身を否定する「恥」という感情があったことにも気づきました。

つらい出来事が起きたことを、よかったことにする必要はないと思います。

誰かから受けた理不尽な言動を正当化する必要も、自分に原因があったのだと責める必要もありません。

ただ、その出来事を通して、自分の心の奥に何があったのかを知ることは、私にとって意味のある体験になりました。

36か所のお寺を巡り終えた今、心の揺れも、欲しかった安心感も、隠れていた恥も、そして旅の途中で出会った人たちの優しさも、すべてが自分の中にあるのだと感じています。

うまく説明できないのですが(笑)、今の私の心には、驚くほど澄み渡った清々しさと、すべてへの感謝が溢れています。

自分の気持ちを分かってあげることは、自分を大切にすることの一つなのだと思います。

もし今、過去の出来事が心から離れなかったり、自分を責める気持ちに苦しんでいたりするなら、無理に答えを出そうとせず、まずは「私は今、どんな気持ちでいるのだろう」と、自分に問いかけてみてもいいのかもしれません。

ディーパ心理セラピールームでは、ハコミセラピーを通して、ご自身の感情や身体の感覚に丁寧に目を向ける時間を大切にしています。

自分の気持ちをもっと理解したい方、親との関係や過去の経験が今も心に残っている方は、どうぞご自身のペースで、ご自身の心に目を向けてみてください。

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